前回の“ターミナルケア〜その時が来たら〜”は
『私たちに、たくさんの喜びをもたらしてくれたかわいいペットたち。その最後の日々を、充実したものにすること、そうして「ありがとう」と言って明るく見送ることが、私たち飼い主にできる最大の恩返しと信じます』
で終わっていました。
ずいぶん時間がたってしまいましが、今回は続きとして、私がターミナルケアを志すことになった決定的な出来事について、聞いて頂きたいと思います。
かなりパーソナルなお話になりますが、お許しください。
私がペットロスに陥ることなく、心穏やかに愛犬のボルガの死を受け入れられたのは、ひとえに獣医さんの、飼い主の私に対する温かいサポートと、ボルガへの適切な処置のお陰だと前回書きました。
私は獣医さんに心から感謝しましたが、当然のことながら、ボルガが死んだ後は動物病院に行くことはありませんでした。
ボルガの死からちょうど1年、その日はまさに彼の命日でした。
一周忌です
桜の花はとうに散って、春爛漫というのに雨降りの冷たい日でした。
そういえば、1年前のあの日も雨が降ってとても寒かったことを思い出しました。
私はパソコンに向かって、調べものをしていました。
この1年間、“ピュアー”でパラカウンセラーの資格を取ったり、ペットロスの資料を集めたりと、ターミナルケアについて自分なりに模索している時期だったのです。
いろいろなキーワードで検索をしているうちに、ボルガを診てくださった、あの獣医さんの名前を見つけました。
動物病院に勤務する獣医師という立場から、病気の動物との毎日、彼らの死、そしていろいろな飼い主との関係(嬉しいことも、ちょっとほろ苦いことも)が、日記ふうに綴られているホームページを公開していらしたのです。
そして、その日の日記にはこう書いてありました。
「今日は、自分がこのサイトをつくる引き金となった、ボルガ君の命日」。 私はほんとうに心臓が破裂するくらいびっくりしました。
そしてとても嬉しかった。
ボルガの死んだ日を覚えていてくれたことに感動しましたし、まさに彼の命日に、私が獣医さんのホームページにアクセスした偶然にも不思議な運命を感じました。
それにしても引き金って? 約1年ぶりに、私は獣医さんにメールでご連絡をとりました。
獣医さんは多くを語ってくださらなかったけれど、ボルガの死が獣医さんとの出会いも含めて、私の人生を変えるくらいの出来事だったのと同じくらい、獣医さんにとってもボルガとの付き合いが、なにかすごいことを獣医師としての生き方に刻んだらしい、ということがうかがえました。
そして、ボルガの命日に私からのメールを受けたことに、やはり驚きを隠せないようでした。
「ボルガが引き合わせてくれたのでしょうか?」 最後にこう結ばれていました。
私は思いました。死を待つしかなかった1匹の犬が、獣医師と飼い主両方に残してくれたものの、はかり知れない大きさについて。
そして気づいたのです
動物の死が私たちに語りかけてくれる貴重な“なにか”にきちんと耳を傾けなければいけない、と。
そうしなければ動物たちに申し訳がない、と。
自己紹介もかねて、私のターミナルケアリストへのきっかけとなった体験談を聞いて頂きました。
次回から、具体的にターミナル期に入っているペットを抱えていらっしゃる飼い主さんの声を聞かせて頂きながら、この時期の意味について考えていきたいと思っています。
どんなことでもけっこうです。参加して頂けたら、とても嬉しいです。
このコーナーでは、ターミナルケアーのあらゆる面についてのご質問、ご相談をお受けしていくつもりです。
なるべく、具体的にお答えしていきたいと思っています。
悩み、不平不満、なんでも遠慮なくおっしゃってください。
私たちに、たくさんの喜びをもたらしてくれたかわいいペットたち。
その最後の日々を、充実したものにすること、そうして「ありがとう」と言って明るく見送ることが、私たち飼い主にできる最大の恩返しと信じます。
一緒に頑張りましよう。
前回のページ